5mm角のチップが日本のエネルギーの未来を変えるGRICで生まれたオープンイノベーション

February 21, 2025

日本は、2050年の温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させてゼロにする「カーボンニュートラル」達成を目指しています。産業界も各社がこの課題に向き合うなか、先端センシング技術を活用した有力なソリューションを提供しているのが、大阪市立大学(現・大阪公立大学)発のスタートアップ、株式会社SIRC(サーク)です。そして、同社のコア技術である電流・電力・角度・周波数などをリアルタイムにアウトプットできる高機能チップが、電源の出力変動の平準化に寄与する「ディマンド・リスポンス」における需要側の切り札になると考えたのが、長く日本の電力供給を担ってきたJパワーです。

両社をつないだのは、フォースタートアップス主催の「日本のスタートアップエコシステムをグローバルへ」をパーパスに掲げる、国内最大級のカンファレンス『GRIC』。両社は『GRIC2023』で出会い、協議を重ね、2024年8月に資本業務提携とディマンド・リスポンスの切り札となる「機器個別計測用計量器」の開発に向けた共同検討を発表しました。先端技術が詰まった5mm角のチップと、Jパワーの持つ潤沢な技術・資金・マーケットの共創が日本のエネルギーの未来を変えようとしています。両社の出会いと取り組みについて話を聞きました。

株式会社SIRC

代表取締役CEO 髙橋 真理子 氏

Jパワー(電源開発株式会社)

イノベーション推進部 企画室 課長代理 山本 亮 氏

フォースタートアップス株式会社

オープンイノベーション本部 カンファレンスグループ 真島 隆大

関西から世界へ。先端センシング技術を携えてGRICに登壇

ーSIRCさんの事業内容を教えてください。

髙橋:私たちは『SIRCデバイス』と名付けたセンサーチップをコアの技術として持っている、大阪市立大(現・大阪公立大学)発のスタートアップ企業です。『SIRCデバイス』は、建物などに取り付けられている電力メーターと同等の機能を持った革新的なセンサーチップで、この技術で特許を取り、SIRCデバイスを活用した製品開発と販売を行っています。現在は「IoT電力センサユニット」と「IoT角度センサユニット」をメインに販売していて、どちらも製造現場の既設設備に後付けでき、設備に手を加えることなく簡単に取り付けられることが特長です。電力センサは電力値を、角度センサはアナログメーターの針の位置を取得しデータ化します。これらの情報をクラウド上で簡単に見える化することで、お客様の脱炭素への取り組みや業務効率化の支援を行っています。

特に力を入れていることが「脱炭素」というテーマに対する課題解決です。近年、「脱炭素」という言葉が盛んに使われるようになっていますが、私たちは簡単に電力計測できる製品を提供しているので、主に製造業のお客様に向けた、実効性のある脱炭素への取り組みを支援するBtoBビジネスを展開しています。

通常、電力会社の明細などから会社や事業所全体の消費電力はわかります。しかし、総量はわかってもどこでその電力を使っているか、内訳まではわかりません。皆さんは、その状態でカーボンニュートラル、脱炭素と言われても具体的に何をすればいいかわからない――という課題に直面しています。そこで、この後付けで電力を測れる私たちのセンサーを自社の設備、機械、装置に簡単に取り付けることで、個々の設備や機器がどれだけの電力を消費しているか、リアルタイムでわかる仕組みになっています。

そして、データを可視化する手間を省き、削減のヒントを提供する手段として、クラウドサービスを提供しています。当社の『SIRCクラウド』を使っていただくと、センサーで収集したデータを自動グラフ化し、手間なく電力のムダを発見できたり、CO2排出量を自動で算出する機能も搭載されています。

▲株式会社SIRC 代表取締役CEO 髙橋 真理子 氏

 

ー難しい内容をわかりやすくご説明いただき、ありがとうございます。Jパワーさんは発電・送電の会社さんですが、そのなかでイノベーション推進部とはどのようなことをされているのでしょうか。

山本:イノベーション推進部は、スタートアップ企業への投資と新事業開発を主に展開しております。なぜやっているかと言いますと、元々弊社の発電事業は石炭火力発電所での発電が多くの比率を占めています。やはり今、カーボンニュートラルという世の趨勢のなかで、簡単に言いますと当社の稼ぎ頭の石炭火力発電が縮小に向かうことは明らかで、替わりの事業を起こす必要があるからです。そこでイノベーション推進部が立ち上がったという経緯で、既にいくつかの新事業がスタートしています。

ありがとうございます。SIRCさんとJパワーさんの資本業務提携はGRICがきっかけと聞いています。出場の経緯などを教えてください。

髙橋:私たちは大阪を拠点に活動していますが、KSII(大学発スタートアップの成長支援などを手がける団体、関西イノベーションイニシアティブ)さんが企画した大学発スタートアップのピッチイベント『U-START UP KANSAI オープンピッチ』に出場したところ、GRICの登壇権をいただける「GROWTH INDUSTRY CONFERENCE賞」を受賞することができました。関西万博に出展できる賞などいろいろな賞があるなかで、これは私たちが一番手にしたかった賞でした。というのもやはり関西で活動していると、東京で大きなピッチイベントに参加できる機会はなかなかないからです。とても楽しみに、そのチケットを喜んで社に持ち帰りました。

GRICではテーマごとに企業をセレクトされていて、私たちは脱炭素、カーボンニュートラルなど環境系をテーマとする「GREEN」の部に登壇させていただきました。

真島:KSIIさんの取り組みについて、少し補足させてください。元々KSIIさんは関西の大学発スタートアップをもっと東京へ、さらには世界へと発信していくことを目指しているので、関西のスタートアップに「もまれる場」を提供したいという熱い思いを持ってくださっていました。それでGRICへもご協賛いただくことになりました。我々GRICも、常々「日本」のスタートアップを世界へと言っており、東京だけにフォーカスしているわけではありません。このKSIIさんの取り組みのように、日本各地から集まってくださることを我々としても望んでいました。

なので、実際に2023年のGRICにSIRCさんが来てくださって、こうして資本業務提携の実例まで生まれたことは本当に嬉しくて、話を聞いたときは感動で泣きそうになったほどです。GRICが掲げるパーパスである「日本のスタートアップエコシステムをグローバル基準へ」が体現された一つの形かなと思っています。

▲フォースタートアップス株式会社 オープンイノベーション本部 カンファレンスグループ 真島 隆大

GRICは事業会社と出会えるユニークで有意義なピッチイベント

ー楽しみにされていたGRICは、実際に出てみていかがでしたか。

髙橋:期待以上の素晴らしいものでした!まず、ほかのピッチイベントでは、投資家の方々が中心に参加されることが多いのですが、GRICはすごくユニークで、事業会社の方もたくさん来られていました。しかも私たちが参加した「GREEN」のピッチは、脱炭素などがテーマだったので、後から聞くと様々な業種の方が来られていたそうです。私たちは電力の可視化、省エネというかなり身近な話をしているので、派手さはありませんが、事業会社さん向けに自社のPRができた場になったと思います。

さらに、その後のネットワーキングでも様々な事業会社さんが興味を持って来てくださいました。なかにはその日のうちに事業部の方にも同席いただいて具体的な面談をした会社さんもありました。ブースも出させてもらい、KSIIさんも一緒にPRをしてくださったので、そこでもたくさんの事業会社さんとの出会いがありました。

真島:実際、海外の有名企業さんが、SIRCさんに引き合わせるためにビルのインフラ担当の方を連れてきたという話も聞きました。

髙橋:ありがたいことに、そういった場面もありました。そのような意思決定できる方がおられること、さらに実際に現場を動かす実務の方が来られていることも、ピッチイベントとしてはすごく珍しいと思います。これがGRICの特色なのかなと思いました。

そのうちの1社がJパワーさんでした。山本さんは、その場で「こんなことに使えますよね」とちょっと踏み込んだお話までされたのですが、これもかなり珍しいことです。ほとんどの場合、ピッチのあとは「興味があるので一回、事業の話を聞かせてください」とか「改めて面談しましょう」といった形でその場は終わることが多いのですが、山本さんは提案までされて。「すごい方が来られたな」と、強く印象に残りました。それで後日、東京出張の際にご連絡し、訪問させていただきました。

その際、簡単な提案書のような資料もいただきました。今回、共同で開発する「機器個別計測用計量器」の前段階的な、「このようなマーケットに対して使えるのではないか」という内容でした。私もたくさんの方にお会いさせて頂いておりますが、1回目の面談でここまで深く考え、具体的な提案を頂ける方との出会いは珍しいなと驚きながら、お話を伺っていました。

▲「GRIC2023」の「GRIC PITCH」ご登壇の様子

ーでは、ぜひJパワーさんサイドのストーリーもお願いします。GRICへは一来場者としていらしたそうですね。

山本:はい。実はGRICへは別の会社さんを目当てに行ったのですが、そこでたまたま髙橋社長のピッチを聞いて、それがまさに自分の課題感にマッチしたものでした。先般リリースした共同検討のテーマでもある「機器個別計測」ができるのではと直感し、ピッチ後にブースに行きました。いろいろとお話を聞いてこちらの考えも話し、ぜひ一緒にやってほしいと話をした次第です。

なぜビビッと来たかと言いますと、そのとき私はイノベーション推進部に部署異動してきた直後で、異動前はディマンド・リスポンスや電気の小売販売など、需要家側の電力サービスの立ち上げをしておりました。特にディマンド・リスポンスは自分の中でビジネス上の問題点や課題がいっぱいあったので、その課題にピタッとはまるものを見つけた!という感じでした。

ー改めて「ディマンド・リスポンス」について教えていただけますか。どこに課題があって、SIRCさんのプロダクトがどうマッチすると思われたのでしょうか。

山本:これもかみ砕いて説明しますと、電気は需要と供給が一致しなくてはいけないので、常にそのバランスをとっているのですが、従来は需要が増えたら発電所を稼働させ、供給を増やすことで対応していました。ところが今は、太陽光発電や風力発電といった発電出力が安定しない再生可能エネルギーの導入が拡大したことで、日々の発電出力の変動が大きくなっていることに加え、脱炭素の流れで今まで調整を担ってきた火力発電所がどんどん減ってきているので、供給側のバランス調整力が弱くなってきています。そのため、今後は電気を使う側も主体的に電力系統のバランスをとっていく必要があるので、エネルギーの需要側が電気の使用状況に応じて消費電力量を変化させる「調整力」が対価となるビジネスが出てきていて、それが「ディマンド・リスポンス」です。

ただし、考え方は素晴らしいのですが、実現には課題がたくさんあります。わかりやすく一軒家に例えますと、例えば夕方の時間帯に電気が逼迫してきたので、エアコンを止めました。ところが、そのとき2階にいる娘がたまたまドライヤーを使ってしまいした。こうなると家全体の消費電力量としてはプラマイゼロになります。日本という家全体の需給バランスは変わりません。しかし、エアコンを止めたという節電の努力はしています。その埋もれてしまった節電実績を、このSIRCさんのセンサーを使うとピックアップできることになります。

あくまでも家全体=日本という単位で考えると、エアコンとドライヤーのプラスマイナスもひっくるめて総使用量がどれだけ下がったかで評価されるわけですが、我々がやろうとしていることは、エアコン、ドライヤー、炊飯器、電子レンジなど末端の消費電力量を測り、一つ一つについて節電量をきちんと評価しようという取り組みで、そこにこのセンサーが使えるのです。

▲Jパワー(電源開発株式会社)イノベーション推進部 企画室 課長代理 山本 亮 氏

資本業務提携の鍵は「人」の力。

日本のエネルギーの在り方を変革する協業がスタート

ー「まさにこれ」という技術だったのですね。その後、資本業務提携の話はスムーズに進みましたか。

山本:はい。SIRCさんへの出資は、私の中ではストーリーができていたのですが、正直に言うと、これがきちんとJパワー社内で通るのかという点は心配でした。でも資料を作り込んで話をしたところ、スムーズに進んで投資に至りました。

髙橋:山本さんの資料の作り込みには、本当に感銘を受けました。私たちはセンサーチップがコア技術で、それで電力計測できることが出発点となりますが、事業会社さんが投資の意思決定をされるときには、「それがどのような価値を生み出すのか」という切り口が必要です。切り口とは事業シナジーとも言い換えられます。既に事業面でご一緒しているパートナー企業さんの場合、そこからどう発展し、協業することで、双方にとってwin-winの関係を築けるかが比較的描きやすいと思います。しかし、JパワーさんはGRICで初めてお会いして、まだセンサーのユーザーではない段階です。このセンサーの必要性を山本さんご自身が感じられて、そのうえで人に伝え、投資の稟議に至るまでの過程は、非常にハードルが高いものです。

私もこれまでに多くの事業会社さんと連携してきたので、その難しさは十分に認識していました。そこで動く案件と動かない案件が存在するわけですが、経験的にその違いは何かというと、私は「人」だと思っています。山本さんは穏やかで紳士的な印象の方ですが、内面には強い情熱があって、「これは」と決めたことは徹底的に追求される方です。

検討過程ではさまざまなご質問をいただいたのですが、当社の技術者から「この方は、センシング技術に精通されている方ですか?」と聞かれるほど、非常に専門的な内容でした。それぐらい深く理解していないと出て来ない質問ばかりで。この想いとパッションがあり、確信をもって進むべき方向を定め、確かな軸を持ってこれからの事業を描かれているので、一緒に進めるプロセスも非常に楽しかったです。

GRICでこのような素晴らしい出会いをいただけて、改めて実りあるイベントであり、事業につながる有益なビジネスマッチングだったと思っています。

ー具体的にプロジェクトの方は、現時点ではどのような状況でしょうか。

山本:今はセンサーの要件定義を重ねているところです。まず資源エネルギー庁など関係省庁に確認し、それで必要な仕様は見えてきたので、今年はPoCをやっていきたいと考えています。具体的には、弊社のディマンド・リスポンスサービスを導入してもらっているお客さまのどこかに、試しに入れてもらって利用してみる予定です。

ーそこで出て来る課題などを検証し、いずれ商品化して市場に売り出すということですね 。

山本:そうですね。ただし、弊社としてはこのディマンド・リスポンス用の計量器を独占することは考えていません。この日本という国の電力供給に貢献すべく、SIRCさんから幅広く電力会社各社さんなどに売っていただければと考えています。

SIRCさんの製品は既に工場で多く使われていて、省エネ支援的なサービスを展開されています。短期の目標としては省エネ支援の一貫で無駄な電気を減らす、電気代も安くなるという切り口で訴求し、いずれは電力の需給バランスに貢献している分を収入としてお客様に還元できたらと考えています。

髙橋:ディマンド・リスポンス市場において、非接触の電力センサーを使用する前例はありませんので、用途・要求仕様に適したセンサーを開発することが一つのテーマになっています。新しい市場を一緒に開拓・展開し、最終的には山本さんが言われたように、国全体でエネルギーのあり方を変えていけるところにまで寄与できれば、というのが大きな目標です。

やはり、大口需要家は、大規模な電力を使用されている産業向けのお客様が中心になります。そこはJパワーさんがマーケットを持っていますし、現在私たちのセンサーを使ってくださっている製造業のお客様も対象になっていきます。両社が連携して、日本の製造業全体に大きなインパクトを与えるような事業を展開できればいいなと思っています。もちろん製造業にとどまらず、さまざまな業界においてもこの取り組みを広げていければと考えています。

山本:本当にそうです。

ー一緒にできることがたくさんありそうですね。

山本:そうですね、まずは今、一緒に取り組んでいる機器個別計測用計量器を確実に形にしていきたいです。これ以外でもSIRCさんの製品でできることはいっぱいありますので、いろいろと協業を深めていきたいと考えています。

髙橋:私たちも多くのエネルギー会社さんと連携させていただいていますが、このように特定の開発テーマを掲げて協業できる業務提携は、そう多くはありません。目標を持った開発を実現していくこともそうですし、実現することで、協業のための資本業務提携の価値がどこにあるのか、より多くの企業さんに知っていただく機会にもしていきたいと思っています。

開発を伴う投資に対して前向きでない企業さんもたくさんおられます。重たい案件だと敬遠されたり、時間がかかるという理由で躊躇されることもあります。中でも製品としては出来上がっているものの、これから市場を開拓していく新事業領域に対する投資は、大企業側からするとリスクマネーだと捉えられることも多々あります。しかし、そういった投資をしていただくことで、スタートアップが有する新技術を活かした新たなマーケット開拓をいち早く行う環境が整い、日本の経済も世界の経済にも貢献できるようなwin-winの関係になれるはずです。

今回の取り組みを必ず形にして世に発表し、多くの方に知ってもらうことで、同様の取り組みが日本全体で広がっていくように、結果を追及していきたいです。そうですよね!

山本:その通りです。絶対に成功させましょう。

真島:ありがとうございます。GRICを立ち上げた当初からの我々の想いがきちんと伝わっていると思いました。

ー改めて、山本さんにとってGRICはどんなイベントですか。

山本:そうですね、やはり既存事業に直結するビジネス、スタートアップさんが多いという印象があります。特に、夢物語ではないスタートアップさんが多いところが印象的でした。皆さん、きちんとした技術があって市場展開もできているので、CVC部門としてはとても投資検討がしやすい会社さんが多いと感じています。

真島:ありがとうございます。私自身もう9年ほどスタートアップ支援に携わってきて、様々な事業会社の皆さまが、今ようやく本気で協業に踏み出してきてくださったと感じているところです。ここが変わらなければこのエコシステムは頭打ちだと思い、5年前にこのカンファレンスを立ち上げました。

海外の事例を見ても、事業会社の方々がやはりリソースもアセットも持っていらっしゃるので、そこがスタートアップと融合しない限りエコシステムは成長しません。

我々の想いが伝わり、このような素晴らしい事例が着々と進んでいることに本当に感動します。プロジェクトの成功をお祈りするとともに、この好例をムーブメントとして広げていくところを一緒にできればと思っています。これからもよろしくお願いします。ありがとうございました。