「なぜCraifはアメリカを目指すのか」──日本で磨き、世界で挑む。5年越しに動き出したグローバル戦略

2026-07-01

生涯で2人に1人が罹患すると言われる「がん」。検査技術が進歩する一方、日本のがん検診受診率は約50%に留まる。優れた技術があっても、検査を受けなければ、早期発見にはつながらない。

そんな課題に挑むのが、尿を用いたがんリスク検査「マイシグナル」を展開するCraifだ。尿中のマイクロRNAを解析・AI分析し、すい臓がんを含む10種類のがんリスクをがん種ごとに評価する技術を開発している。

一方で、目指しているのは単なる検査技術の開発ではない。

検査を社会に浸透させ、より多くの人ががんの早期発見を可能にすることだ。そして同社は現在、国内だけでなくアメリカ市場への展開も本格化している。

なぜCraifはアメリカを目指すのか。その過程で得た学びとは何だったのか。最高執行責任者(COO)の水沼氏に話を聞いた。

水沼 未雅 Ph.D.
最高執行責任者(COO)

京都大学薬学部卒業後、東京大学大学院で薬学博士号を取得。アストラゼネカで新製品の上市準備・戦略策定に従事後、マッキンゼーで医薬・医療機器領域の戦略立案を担当。2017年にデジタルヘルス企業を創業し、CEOとして医薬品のオンラインカウンセリングサービスを展開。2019年10月にCraifへ参画。

技術を作るだけでは、早期発見は実現できない

尿がんリスク検査「マイシグナル」

Craifが掲げるビジョンは「人々が天寿を全うする社会の実現」。

現在、最も注力するのが、がんの早期発見だ。日本のがん検診受診率はおよそ50%。国の目標である60%には届いていない。

「がんは早期発見によって助かる可能性が高まる病気です。一方で、日本ではそもそも検診を受けていない方が多い」

そこでCraifは、「病院へ行く時間はないけれど、自宅なら検査したい」という層が一定数いるのではないかという仮説から、尿によるがんリスク検査を開発した。

しかし、水沼氏は「検査技術を開発すること」がゴールではないと強調する。

「どれだけ良い検査技術があっても、社会に浸透しなければ早期発見にはつながりません。技術を開発して終わりではなく、エンドユーザーに届けるところまで責任を持つことが重要だと考えています」

実際にマイシグナルは、病院だけでなく、自治体への公費導入や薬局や百貨店など、生活者に近い接点にも広がっている。

技術開発だけでなく、社会実装まで見据える姿勢がCraifの特徴の一つと言える。

創業時から見据えていたアメリカ。しかし、計画は5年遅れた

米国・サンディエゴのCraifバイオAIラボ

創業当初から前提にあった海外展開。アメリカを重視した理由を水沼氏は語る。

「日本の国民皆保険制度ではがんの早期発見のための検査はカバーされない一方、アメリカでは有効性が証明されれば保険適用によって利用が広がる可能性があります。また、アメリカは医療・ヘルスケア分野の世界最大の市場で、新しい医療技術の臨床実装や保険償還のあり方が、グローバルな標準形成にも大きな影響を与える重要市場です」

2020年にはサンディエゴにあるジョンソン・エンド・ジョンソンのインキュベーション施設「JLABS」への入居も決まっていたが、新型コロナウイルスの流行により計画は頓挫。日本に拠点を置き、研究開発と事業開発を進めることになる。

「研究開発は日本の方がコストを抑えられますし、品質や再現性も含めてしっかり作り込むことができました」

水沼氏は、日本で過ごしたこの期間について「結果として大きな意味があった」と振り返る。

そして2025年末、CEOの小野瀨氏が渡米し、現地に移住。CFOにTakeo Mukai氏が就任するなど現地採用も進み、現在はアメリカでの事業体制づくりが進んでいる。

Craif 代表取締役(CEO) 小野瀨 隆一 氏と米国メンバー

アメリカは市場だけでなく、「評価軸」も違う

なぜそこまでしてアメリカを目指すのか。理由の一つは、市場の成熟度だ。アメリカは予防医療に対する意識が高く、Craifが挑むリキッドバイオプシー※ 領域はアメリカが先行しており、投資家や業界関係者の理解も進んでいる。

そのため、投資家との対話でも、日本とは異なる手応えを感じているという。

※血液や尿などの体液に含まれる生体由来成分を解析し、疾患の有無やリスク、病態に関する情報を調べる検査技術 

「米国では、特にディープテックやバイオでは『売上』を問われることは多くありません。技術として勝ち筋があるか、実行計画がどれだけ緻密か、といった点が主要な論点になります。そうした意味で、技術を軸に議論できる米国で勝負するのは、バイオテックにとって合理的だと思います」

一方で、法規制やヘルスケアシステムの違い、高額な研究開発コストなど、挑戦のハードルは高い。

「法規制やヘルスケアシステムは日米で全く違います。国内からエキスパートに話を聞くことはできても、実際に現地に入り込み、100%コミットしたチームが動くことで初めて見えてくる情報が多いと感じます。

もうひとつ大きいのは研究開発コストの違いです。同じことをやるにしても、アメリカでは10倍のスピードでお金が減っていく感覚があります。尿検体ひとつを取っても、米国では桁が違うコストになります。全てが高い、というのが現実です」

それでも、アメリカにはニッチな領域でも経験を持つ人材が集まっており、エキスパートを採用しやすい環境がある。

高いハードルがある一方で、市場規模を考えれば、バイオテック企業としてアメリカで挑戦する意義は大きいと考えているそうだ。

「全部アメリカ」ではない。日本とアメリカを活かす戦略

米国・サンディエゴのCraifバイオAIラボ

興味深いのは、Craifがすべてをアメリカへ移しているわけではないことだ。研究開発基盤の多くは日本にあり、事業も国内で展開している。

水沼氏は、日本とアメリカそれぞれの強みを活かすことが重要だと語る。

「日本で進めた方が良いこともありますし、アメリカでしかできないこともあります」

研究開発や事業基盤は日本で進め、資金調達やグローバル展開はアメリカで推進するハイブリッドな体制を構築。

今後は日本事業の黒字化を進め、国内のキャッシュをアメリカへ再投資できる状態を目指している。

挑戦を伝えることが、次の機会につながる

「GRIC PITCH 2025」に登壇する水沼氏

研究開発、日本事業、アメリカ事業を同時に進めるCraifにとって、自社の取り組みを積極的に発信することは重要な戦略だ。

「やりたいことが本当に多い会社なんです。でも、どれだけ面白い挑戦をしていても、知られていなければ仲間も集まりませんし、新しい機会も生まれません」

そうした考えから、Craifは昨年、国内最大級の成長産業カンファレンス「GRIC」のピッチコンテスト「GRIC PITCH」へ登壇した。

GRICにはスタートアップだけでなく、大企業、投資家、研究者など、多様なプレイヤーが集まる。水沼氏は、自社の事業だけでなく、会社が目指す未来や挑戦そのものを発信できる機会だったと振り返る。

「まずは知ってもらうことが大事だと思っています」

実際に、GRIC PITCHへの登壇やその後のメディア掲載などを通じて、会社を知ってもらう接点は広がったという。

グローバル展開や研究開発のように、成果が出るまでに時間を要する挑戦では、一つひとつの出会いや認知の積み重ねが将来の可能性や事業成長を支えることにつながる。

社会に届いて初めて、技術は価値になる

Craifの挑戦は、がん領域にとどまらない。認知症リスク評価や生物学的年齢の測定など、新たな研究テーマも生まれている。

一方で、水沼氏が繰り返し語るのは「社会に届けること」の重要性だ。

北海道で行ったマイシグナルの実証実験では、実際にがんの早期発見・治療・早期の社会復帰につながったケースもあった。

「早期に見つかれば、がんは必ずしも人生を奪う病気ではありません。『見つかってよかったね』と言える世界を作りたいんです」

技術を開発するだけではなく、社会に届けるところまでやり切る。

Craifは、日本とアメリカの両市場でその挑戦を続けている。

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